Tojikomorin

咀嚼音フェチのあの子

誰の共感も得られないんだけど、高校時代の淡い思い出の供養のために書く。

高校の放課後、隣のクラスにいる友だちのところでポテチを食べながらくっちゃべってた。

すると山田さん(仮名)が声をかけてきた。
「トジコモリンくん?すごい良い音でポテチ食べるね!」

それがファーストコンタクト。
もともと共通の友達は結構多く、お互い名前くらいは知っていたけど、ちゃんと話したのはそれが初めて。

それ以来、時折山田さんは俺にポテチを持って来て話すようになった。

持ってくるポテチはブルボンのプチシリーズが多く、たまにプリングルスやチップスター。どれもじゃがいもをスライスしたポテチではなく、練って整形したタイプのポテチだ。
練り系より、スライス系が好きという話はしたけど、山田さんは練り系しか持ってこなかった。

『放課後予定ある?』メールが来る。
『特にないよ』
『了解!』

こんなやり取りがあると、山田さんはポテチを持って俺の所に来る。
ポテチを俺に食わせて、その音を聞く。

慣れてくると、男同士で喋ってる時もその輪に入ってきてみんなにポテチを振る舞ってた。
他の人のポテチを食べる音を値踏みするように聞き、最終的には俺の音に耳を預けていた。

『山田さんは俺を好きなんだなー。不思議ちゃんぽい口実作ってまで俺のところに来るなんて、可愛い所があるなー』
『あの子の事好きな友達いるのに、まいったなー』
『そのうち、告白とかして来ちゃうのかなー』

そんなことを思っていた。

放課後に俺の所に来て、不自然な程近くに座って、目を細めて幸せそうにしてたし、周りのやつも『あれ、絶対お前に気があるよ』って言ってたんだから、俺じゃなくても、多分誰でもそう思ったはず。

でも、彼女は卒業まで、ポテチ以外で俺に関わることは一切なかった。
バレンタインも、クリスマスも、学祭も、いろんなイベントも……。

その後20年間、山田さんは俺の中で
『俺への想いを秘めたまま高校時代を過ごした、ちょっと照れ屋な女の子』
ということになっていた。

敢えて誰かに言ったりしたことはなかったけど、心のどこかに高校時代の淡い思い出として存在していた。

 

そして20年後のある日、仕事で別の『咀嚼音フェチ』に出会ってしまった。

彼女曰く

「咀嚼音聞くだけで幸せです」
「プチプチ潰すのとか、マジックテープ剥がすの気持ち良いですよね?好きなタイプの咀嚼音聞くのはあれの100倍くらいの感じです。心地よさと快感と」
「ずっと聞いてられます。聞きながら眠れます」
「録音より、ライブ(その場で実際咀嚼していること……らしい)の方がずっと良いです」
「私がよく聞いてるのはこれとこれと……(Youtubeのおすすめ動画をいくつか紹介)」

咀嚼音フェチがある程度の人口を持っていることを知る。
いやいやそんなまさか……と思いながらも、恐る恐る山田さんの話をすると

「彼女も咀嚼音フェチでしょうね」
「私は隠すようになりましたけど、高校生くらいだと恥ずかしいって感覚無いかもしれないですね」(恥ずかしいものなのか!??)
「あー、たしかにトジコモリンさんの音、好きな人いそうですね」
「異性としての好き嫌いとかは全く関係ないです。全然ないはずです。私女性の咀嚼音でも好きなのありますから」

「あら、勘違いしちゃったんですねー、ただの音源ですよwww」

 

…音源。

 

ムキーーーーーー!!!!

淡い思い出は、すべて勘違いだったのね!!!!

音だけが、アタシの音だけが目当てだったのね!!!!!

プレイボーイのニコラスはセフレを「just F–K buddy」と呼んでたけど、アタシは「just SOUND buddy」だったのね!!!!

アナタの心には、アタシじゃなくてアタシの音だけが響いていたのね!!!!

アタシの思い出を返して!!!!

……はぁ、はぁ、はぁ

 

しまった、地が出た。

 

……思い返すと、勘違いして色々イタいことを言ってしまったのを思い出す。

『本当は俺のこと好きなんでしょ?』『思いに応えられないんだ、ゴメン』的な感じの、イタすぎて書くのも憚られる言葉の数々。
好意を持たれていると勘違いして放った言葉は破壊力抜群で、思い返すと赤面して死にたくなる。ひぃい。

 

ゴメンな、高校生の俺。

知らなければ、ずっと素敵な勘違いにしておけたんだけどな。
お前がアホみたいな勘違いしてたイタいやつだって、気づいてしまったよ。

マジでゴメン。

 

でも、そのアホみたいな勘違いも、割と愛おしく感じるから不思議だ。

不安と自信がないまぜの頃にだけ起こる勘違いだったからかな。

俺はあれからそこそこ歳をとった。
慎重で浮かれづらくなったし、その分傷付きづらくなった。

もう、一喜一憂するまえに保険をかけてしまうし、人の心を確かめるってことが少し上手くなってしまった。

周りも自分も大人になる前のあの時期。
人との距離が近い人・遠い人・慎重な人・奔放な人・先に大人になった人・子供っぽいままの人……そんな色々な人がいて、みんな色々未経験のまま、好き勝手に干渉し合っていたあの時期。

その時起こったことは、すごく淡くても大事で、たとえ間抜けな誤解でも愛すべきこと。もはやそんな感じになっちゃったんだろうな。

 

そんなこんなで、あの思い出が「誤解だった」という認識で完全に上書きされる前に、こういう形で残しておく。

それがこの思い出の供養。

ポクポク。チーン。

 

 

いつか、同窓会かなんかでまた山田さんに会うときは、ブルボンのプチシリーズを持って行こう。

彼女の変わらぬ幸せそうな顔が見れると良いんだけど。